がん発症を疑う所見はない、県民の不安解消に努力する――福島県の小児甲状腺検査キーマンに聞く(1) | 社会・政治 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン

がん発症を疑う所見はない、県民の不安解消に努力する――福島県の小児甲状腺検査キーマンに聞く(1) - 12/07/11 | 00:00


 福島第一原子力発電所事故による福島県民の不安の解消と安全・安心の確保を目的に昨年10月から始まったのが県民健康管理調査事業。その中で、小児甲状腺がんを見つける超音波検査に注目が集まっている。同検査は原発事故発生当時18歳以下だった福島県のすべての子ども(約36万人、県外避難者を含む)を対象に生涯にわたり実施される。旧ソ連チェルノブイリ原発事故をきっかけに放射性ヨウ素を体内に取り込んだ子どもの間で甲状腺がんが急増した経験を踏まえたものだ。

 チェルノブイリ事故後の医療支援活動を通じて放射性ヨウ素の被曝による小児甲状腺がん多発の事実を突き止めた山下俊一・福島県立医科大学副学長(県民健康管理調査検討委員会座長)と、福島県の小児甲状腺検査で中心的な役割を担う同大学の鈴木眞一教授(同検討委員会委員)に、調査の目的やこれまでに判明した結果、課題について聞いた。


山下俊一副学長(左)と鈴木眞一教授(右)


――昨年3月11日の原発事故当時、18歳以下だった子どもを対象にした甲状腺検査がスタートしました。検査の目的と意義について説明してください。

鈴木 まず、ご認識いただきたいのは、現在実施している検査は「先行検査」と呼ばれるもので、現時点での甲状腺の状態を把握することが目的だということだ。通常、小児甲状腺がんが見つかるのは100万人に1〜2人程度。チェルノブイリ事故で小児甲状腺がんが多く見つかったのは被曝の4〜5年後からで、発症までには一定のタイムラグがある。私たちが事故後の早い時期から甲状腺検査に着手したのは、お子さんの健康を心配する県民の皆さんの期待にしっかりと応えていきたいという問題意識に基づいている。

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3割超で嚢胞・結節 何を意味するのか

――3月末までの甲状腺検査結果(表)では35・1%の子どもから水分を含んだ袋状の嚢胞(ポリープ)が見つかっています。結節(充実性の隆起)が認められた子どもは1・0%(うち5・1ミリメートル以上の結節を持つ子どもの割合は0・48%)に上ります。この数字を見て、不安を感じる親が少なくありません。

鈴木 (嚢胞を持つ子どもの割合が35%、結節で1%という)数字はかなり小さいものまできちんと拾い上げた結果だ。最近の超音波検査機器は性能がよいため、わずか1ミリメートルの結節や嚢胞も読み取ることができる。また、大人の甲状腺検査では「所見なし」とされる可能性のある2〜3ミリメートルのものも、今回の検査ではしっかりとカルテに記録している。

 甲状腺治療の専門家の会議で報告した際も、とても多いとか驚いたといった声は聞こえてこなかった。私自身も想定の範囲内ととらえている。ただ、原発事故の直後から多数の子どもを対象に甲状腺を検査した事例は世界的にもないので、今後しっかりと経過を見ていく必要がある。

 約36万人を対象に2年半で先行検査を終了させ、その後20歳になるまでは2年ごと、20歳以降は5年ごとに検査を実施していく。3月末までに検査にかかわった医師や技師は県立医大および県外の大学、県内従事者などを合わせ、延べ500人以上に上る。


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――2次検査が必要になった子どもは186人になりました。2次検査ではどんな検査が実施され、どのような結果が出ていますか。

鈴木 全員を対象とした血液検査や尿検査のほか、必要と思われる子どもには穿刺吸引細胞診を実施している。血液検査はがんを調べるためのものではなく、甲状腺ホルモンの量をチェックすることが目的。ホルモンの分泌が多すぎたり少なすぎたりすると、身体に変調を来したり、しこりの成長に影響を及ぼすことがある。血液検査は、1次検査で一定の所見が認められた受診者に限って実施している。尿検査は食事からのヨウ素の摂取状況を調べるもので、摂取量が少ないと甲状腺の腫れにつながる可能性がある。細胞診は組織の特徴を判断するためのものだ。

 これまでの2次検査では、がんを疑う所見はなかった。心配する保護者にはすべての画像をお見せしたうえで、納得していただくまで丁寧に説明している。ほかの医療機関に行ってセカンドオピニオンを得ることは否定しないが、私どもの判定が複数の医師による精度の高いものであることをご理解いただきたい。県外に転居しても検査を受けることができるようにすべく、各都道府県の専門の医療機関と協定を結び、精度の高い検査体制を構築していく。

他地域との比較研究は学会での重要課題に

――今のところ心配する必要はないとのことですが、米国の小児がんに関する教科書には「子どもの甲状腺で結節が見つかることは極めてまれ」「若い人で結節が見つかった場合は悪性のリスクが大きくなる」とも書かれています。

山下 記述自体は正しい。しかし、今回見つかった結節の悪性度は高くなかった。小児甲状腺がんの治療成績は非常に良好だということにも留意する必要がある。ほとんどの場合、手術などで治癒する。チェルノブイリ事故に際しては約6000人が甲状腺の手術を受けた一方で、亡くなったのは15人にとどまった。

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――山下さんら研究者が2001年に発表した論文では、チェルノブイリ事故で多くの小児甲状腺がんが発生したベラルーシのゴメリ州と長崎市の子どもに対する甲状腺の超音波検査の結果として、5・0ミリメートル以上の結節のある子どもの割合がゴメリ州で1・74%(342人)に達したのに対して、長崎市では0・0%(0人)と記述されています。今回の県民健康管理調査では5・1ミリメートル以上の結節が認められた子どもが0・48%(184人)に上っていることから、チェルノブイリほど深刻ではないものの安閑としていられないのではといった指摘もあります。

山下 もともとこの論文は食事摂取に基づく尿中のヨウ素甲状腺疾患の関係を検証しようとしたもので、その“副産物”として結節や嚢胞の頻度を報告した。留意しなければならないのは、母集団の数や年齢が、ゴメリ州と長崎市とでは大きく異なるという点だ。ゴメリ州の調査対象が1万9660人に上るのに対して、長崎市では250人。年齢もゴメリ州が11〜17歳である一方、長崎市では7〜14歳となっている。ゴメリ州と長崎とでは用いた検査機器も異なる。さらに、10年以上前の機器による検査結果と最近の高性能の機器による結果は大きく異なるため、当時と現在の検査結果を比べることに意味はない。

 もちろん、福島県での検査結果を福島原発事故による放射線の影響がない地域での検査結果と比べることは、住民の不安の解消にも寄与する。こうした比較研究については日本甲状腺学会でも「臨床重要課題」として取り上げていただいているので、近い将来、研究が行われると思う。

住民の信頼獲得に努力 内部被曝は未解明な点も

――昨年7月の県民健康管理調査検討委員会の資料では、「現時点で予測される被ばく線量を考慮すると、福島原発事故での放射線による健康影響は極めて少ないと考えられる」という記述があります。放射性ヨウ素による内部被曝も含めての見解と受け取ってよいのでしょうか。

山下 チェルノブイリ事故で小児甲状腺がんが多発した理由として、普段はヨウ素を含む食品の摂取量が少なかった一方、放射性ヨウ素で汚染された牛乳など食物の摂取制限が遅れたことが挙げられる。避難住民の放射性ヨウ素による甲状腺の平均被曝線量は原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の推計で490ミリシーベルトに達している。甲状腺がんを発症した子どもの甲状腺被曝線量は100〜4000ミリシーベルトに上る。

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 これに対してわが国では海草などを通じてヨウ素を日常的に多く摂取してきたため、もともと甲状腺ヨウ素によって満たされている。そのため放射性ヨウ素による被曝をしにくい。加えて福島事故では汚染された牛乳が速やかに廃棄処分されたことから、甲状腺が継続して被曝する状況にはなかったと考えられる。

 ただし、放射性プルーム(放射性物質を含んだ空気の塊)を吸い込むことによる内部被曝については未解明な部分が少なくない。今後の国による調査を踏まえて、リスクが高いと考えられる子どもたちをしっかりとフォローしていくことが重要だ。

――原発事故直後の昨年3月20日以降、県内各地の講演会で「放射線被曝は心配しすぎなくていい。外を散歩しても問題ない」とした山下さんの講演を聞いた住民の一部から、疑問の声が上がっています。

山下 事故直後、毎時10〜20マイクロシーベルトという空間線量が各地で計測された。ただし、そのレベルではどんなに多めに見積もっても(がん発症が統計学的に有意に増加するとされる)100ミリシーベルトに達することはないことから、「心配しすぎなくていい」と申し上げた。

 その後の昨年4月11日、政府は年間の積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある地域を計画的避難区域とすることを決めた。これは緊急事態期における国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値(20〜100ミリシーベルト)を考慮して設定されたものだ。

 にもかかわらず、20ミリシーベルトを超えた途端に「危険だ」「がんのリスクが高まる」といった誤解が生まれた。20ミリシーベルトという数字は放射線防護の考え方から導き出されたもので、地域の復興を図るうえでの目安となるものだ。

 私はそこまで被曝してもいいと言ったつもりはないが、誤解した方がいたことについては残念に思っている。県民健康管理調査をきちんと実施していくことで、誤解は解消に向かうと確信している。

やました・しゅんいち
1952年生まれ。長崎大学医学部教授、世界保健機関(WHO)勤務を経て2009年から長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長。11年7月から長崎大を休職し、現職。20年にわたりチェルノブイリ医療支援に従事。

すずき・しんいち
1956年生まれ。福島県立医科大学附属病院教授を経て、2010年6月から現職。12年6月から同大・放射線医学県民健康管理センター甲状腺検査部門長。11年3月から福島県災害医療調整医監も兼務。

(聞き手:岡田広行 =週刊東洋経済2012年6月30日号)
記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

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