『ローマ史』55-07

しかし、マエケナス*1が死に、悲嘆に暮れた。アウグストゥス*2マエケナスのおかげで多くの利益を得たので、エクイテス*3であったが、長い間首都の監督を任された。だがマエケナスの特別な功労はアウグストゥスが気持ちを多少とも制御できなくなった時に発揮されることがわかった。というのもマエケナスはいつもアウグストゥスの怒りを取り除き、より穏和な思考に導いたからだ。ここに実例がある。マエケナスはかつてアウグストゥスが開廷しているのを見かけた。そして多くの人々に死を宣告しようとしているところを見ると聴衆を押しのけてアウグストゥスに近づこうとした。近づけないとわかると書き板にこう書いた。
「どうぞ思いとどまってください、死刑執行人」
そして、あたかも裁判とは無関係な内容であるかのように書き板をアウグストゥスの膝元に投じると、皇帝は死刑を宣告せず立ち去った。確かにアウグストゥスマエケナスのこのような振る舞いが不快どころか実に嬉しく思った。なぜなら生来の気質や職務の重圧のために思いもよらず感情が爆発しそうになる時はいつもこの友人の言葉で落ち着くことができたからだ。マエケナスの長所の顕著な証拠として、アウグストゥスの衝動に抵抗したにも関わらず彼の好意を得ただけでなく、他の全ての人からも喜ばれた。マエケナスは皇帝に対して最も大きな影響力を保持していた結果、多くの人々に官職や栄誉を与えたが、心の平静を保った。彼自身は人生の終わりまでエクイテス階級に留まることに満足していた。アウグストゥスマエケナスを失ったことを非常に惜しんだ理由はこれだけではない、マエケナスアウグストゥスと自分の妻*4の関係に腹を立てていたが、アウグストゥスを遺産相続人とし、非常にわずかな例外を除いて、アウグストゥスが友人などに何かを贈りたい時にマエケナスの全ての財産を処分する権利を与えていた。それがマエケナスであり、それがアウグストゥスに対するマエケナスの待遇だった。マエケナスは首都に最初の温水プールを建設し、速記のための記号も考案した。マエケナスはアクイラという解放奴隷にかなりの数字を教えた。