2004年 センター試験 世界史B追試 ローマ史

第2問 A ローマ帝国における①キリスト教迫害は,初めは主として,一般民衆の反キリスト教感情から突然に起こる一時的・地方的なもので,ローマ皇帝が直接かかわることは,ほとんどなかった。しかし,3世紀半ば以降,全帝国民に対して国家の祭儀に参加することを義務づけ,これに従わないキリスト教徒を迫害する皇帝も現れるようになった。とりわけ,ドミナートゥスと呼ばれる専制的な②君主制を敷いた[ア]帝は「大迫害」を行ってキリスト教徒を苦しめた。しかし,4世紀初めになるとキリスト教は[イ]帝によって公認され,その後ローマの国教への道を歩んでいった。

問1 下線部①の宗教の歴史について述べた文として誤っているものを,次の①〜④のうちから一つ選べ。[11]

①「キリスト」という語は,「メシア」のギリシア語訳に由来する。
②イエスは,ローマに対する反逆者として処刑された。
③ニケーア公会議で,アタナシウス派が正統とされた。
アウグスティヌスは,イエス使徒の言行を『新約聖書』として著した。

問3 空欄[ア]と[イ]に入れる皇帝の名の組合せとして正しいものを,次の①〜⑥のうちから一つ選べ。[12]

①ア−テオドシウス イ−ディオクレティアヌス
②ア−テオドシウス イ−コンスタンティヌス
③ア−コンスタンティヌス イ−テオドシウス
④ア−コンスタンティヌス イ−ディオクレティアヌス
⑤ア−ディオクレティアヌス イ−コンスタンティヌス
⑥ア−ディオクレティアヌス イ−テオドシウス